真夏も真夏、八月のど真ん中に登山を敢行したn2山岳隊は、危うく遭難をするところであった。
平成二十一年秋に計画・挙行しながらも、途中で予定を変更して下山した、奥多摩駅〜大岳山〜武蔵五日市駅へと至る行程の後半部分を補完するため、六十五回目の終戦記念日の今日、暑さを承知で奥多摩へ出かけたのである。その行程およそ十八粁。この日、東京都心では三十五度を記録する猛暑であったが、果たして我が隊の行く末やいかに…。
遭難の定義を考えると、転倒や滑落による怪我、病気、道を見失う、装備の不足、悪天候などによって自力下山が出来なくなる事、でしょうか。今回n2山岳隊が直面した問題はその中の2番目と4番目、病気と装備品の不足でした。すなわち、高温と水不足による脱水症(熱中症)で、最後はフラフラのヘロヘロになってやっとこさ下山できたのです。なんとか自力で降りてきたので、かろうじて遭難にはならなかったのですが、あとから考えれば無謀でした。
2009年の秋に奥多摩駅から大岳山に登った際、下山路には御嶽から金比羅尾根を経て五日市駅へと降りるコースを考えていました。しかし途中で膝痛発生のために断念し、ケーブルカーで御嶽駅へとショートカットしたのです。
その断念した行程をいつか歩いてみたいと思っていましたが、急に思い立って簡単な山行計画をたて、前夜にいつもの装備をリッュクに詰め込みました。
今回は魔法瓶に氷を入れて冷たい水を飲もう!ってことで、いつもの1Lの水筒の代わりに、大量の氷+水を詰めたサーモス(800ml)を携行します。おにぎりは途中で買うことにして、当日の朝、支度が出来たところで出発。電車の本数はけっこうあるだろうと、調べもせずに出たのが失敗のもとで、立川、青梅と乗り継ぎで時間がかかり、自宅を出てから古里(こり)駅に着くまでに3時間近くかかってしまいました。(途中の立川駅コンコースで買った、おにぎりが美味しかったので、まあいっか!)
古里駅
午前9時半、古里の駅前に立つと、既にギラギラと暑い。多摩川に渓流遊びに行くグルーブが数十人、Tシャツ短パンにサンダルといった格好でゾロゾロと歩いて行きます。
「おー、川遊びか…。涼しそうでいいなあ」
登山の格好した人なんてどこにもいません。そりゃそうだよな、この暑いのに。
重装備の我が隊は、駅前の青梅街道を横切り、多摩川を泳いで高い橋で渡り、車道を10分ほど歩いて、大塚山・御岳山の登山口に到着します。鹿封じの用の門扉をくぐって、いよいよ植林の中の山道を登りはじめました。
緑一色(リューイーソー)
登山道は傾斜も緩く、歩きやすく整備されています。軽快に登って行くn2山岳隊…。だったのも最初の30分だけで、隊長はあっという間に息があがり、心臓がいつになくドキドキしはじめました。その後は休んでは登り、休んでは登りで、その歩み亀のごとし。大塚山まで1.5kmの標識が出ている地点で、ついに座り込んでしまいました。
「あっついなあ」
普段からすごい汗っかきで、人一倍水を飲むのですが、今回はかく汗の量が尋常でなく、飲んでも飲んでも喉が渇きます。おまけに頭や体が異様に熱い。
やめようか…。
そんな考えもよぎります。隊員も、隊長の不調に気づいて「引き返す?」と問いかけます。ここ迄で出発時に持ってきた750mlの水筒はすでにカラ、凍らせた500mlのスポーツ飲料も3/4は飲んでしまい、あとは氷水の入ったサーモスに少しだけ。ここで引き返せば下りではそんなに飲まないだろうし、隊員が持つ予備もあるから充分水は保つ。
「でもなあ、せっかくここまで登ってきたんだし…」
心の中のケチの部分が余計なことを言います。それに、大塚山を過ぎ、御嶽まで行けばそこは山の上に造られた門前町なので、店や自動販売機がある。そう思うと登る力が再び湧いてきます。
もうこの頃から汗が、尋常でない汗が。
「パトラッシュ、なんだか疲れてきたよ」
大塚山山頂までまだ少しある所で麓からサイレンが聞こえてきました。八月十五日の正午です。当初は、御岳山で黙祷ができればなと考えていたのですが、全く無理。途中の尾根上で一分間頭を垂れます。
このときに気づいたのですが、登山路の廻りはいつしか自然林に変わって明るくなっていました。キツさのあまり廻りに目を向ける余裕も無かったわけで、この頃からすでに危なかったわけであります。
尾根に出てからは傾斜もぐっと緩くなり、そうしてやっと大塚山の東屋へ到着。
東屋からさらに十数メートル登って山頂の広くなったところへ出ました。晴れてはいますが遠くは霞んでいるような空の下、
「あれは大岳山かな?」
「大岳山の頂上って乳頭みたいだよね」
なんて言いあって少しだけ休憩。
駅からここまで3時間もかかっています。冬、雪のない頃ならたぶん2時間で登れるほどのコースですが(強がってるんじゃなくて、それほど登りやすく、整備された登山道ってこと!)、もう途中で記録を付けるのを忘れるほど休んだ今回は、参考記録ってことで。
まだまだ元気な隊員と、そっけない看板。
大塚山から御岳山への道は踏み固められ幅も広くまるで林道のよう。かなり人の手が入っており、ここから御嶽は近いんだなと思えばとたんに元気になります。下り気味の道をズンズン行くと、レンゲショウマ群生地の看板が出ている分岐点に出ました。
「見て行く?」
と隊員に問えば、暑いからいいや、との返事。自分も今イチピンと来なかったので、階段を迂回してビジターセンターへの道へ向かいました。
(帰宅してレンゲショウマを検索してみれば、可憐で特徴ある花と知り、見ておけば良かったな、と…)
迂回して歩くこと数分で、山上の町外れに立つ御岳ビジターセンターに到着。ここに自販機はありませんが、冷たい水の出る蛇口が並んでいます。嗚呼、うれしや!と、顔と手を洗い、試しに飲むとサビ臭い、でも背に腹は代えられず、空のペットボトルに注いでゴクゴク、ゴクゴク…。
人心地着いたあと御嶽神社方向へ歩き出しますが、目についた最初の茶店にフラ〜っと入ってしまいます。とにかく休憩が欲しかったのです。名産の梅を漬けたという、冷たい梅ジュースで再びのどを潤し、隊員が頼んだわらび餅をつまみます。隊員は他に食べなくていいのかとしきりに聞いてきますが、食欲が湧きません。朝、おにぎりを一つ食べただけなのですが空腹を感じないのです。
ここで、この先の行程を隊員と話し合ったような気がします。予定通り日の出山、金比羅尾根を目指す?との問いかけに、隊員は暑いけどそんなに疲れていないと答え、自分も先ほどの給水で一時的に回復したせいか、何となくこのまま行くことになったのです。
茶店にあった自販機で500mlのペットボトルを2本購入し、日の出山へと道をとりました。
このとき、もっと水を買っておけば良かったのですが、この先も山上の町並みが続いており自販機もあるだろうと、勝手に思い込んでしまったのです。
←日の出山の標識を左折するとすぐに町並みが切れ、山道へと変わります。ヤベッ!自販機が無い!と思っても後の祭り、さっきの店まで戻って買うことも思い浮かびません。購入した500ml×2本と、隊員の予備を合計して1.5リットルはありそうだったので、なんとか足りるだろうとそのまま進んでしまいます。
日の出山への道はほぼ平坦で、あっという間に頂上を巻く道との分岐点に着きます。当然、日の出山に登るつもりだったのですが、先の方にある階段を目にした瞬間、急激に気力が萎え、二人してもう巻き道でいいやとなりました。ずっとダルいとは思っていましたが、暑さと水分不足で思った以上に参っていたようです。
巻き道を行き、日の出山の山頂から降りてくる道と再び合流する地点で、隊員がたまらずに「あのベンチで休もう」と提案、自分も即同意します。ここで少し塩気のあるものと水分を摂ってミネラルを補給し、あとはひたすら下るだけだと自分を奮い立たせ、金比羅尾根に踏み出しました。
五日市の町並みが、遠くに白く光って見えています。これからあそこまで歩くのです!
公園のように整備されているという琴平神社を目指して、金比羅尾根をひたすら歩き続けます。尾根と名がつくものの、尾根っぽい所は少なく、植林の中のあまり見晴らしのない道です。熊出没の看板を見た隊員はしきりと音を立てて歩いていますが、自分はもうそんな事も面倒くさくなって機械的に歩くだけ。歩けば身体が熱を持ち汗をかくので水を飲みます。手持ちの水はどんどん減って行き、残りはサーモスにあと少しだけ。経過時間からそろそろ琴平神社に着くだろうと思うのですが、これがなかなか着かない。神社まで行けばたぶん水がある、そう我慢して歩く時間の長い事…。
御嶽から3時間かけて着いた神社には、水気は全然ありませんでした。落胆と疲労のあまり神社の石段に座り込んでしまいます。テーブルなどの整備はされているのですが、肝心の水が…。
地図を見ればここから麓までは20分くらい、そこからは五日市の町中なので歩けば自販機もあるだろうと、ここで最後の水を分け合って飲み干しました。この段階で登山者失格です。どんな事が合っても下山するまで水は残しておかなければ。夏場は特にです。
麓に降り「水〜、みず〜」と呻きながら歩き、自販機を見つけた時には本当にうれしかった!一気にペットボトル2本の水を飲んだあとは、自販機の前にへたり込んでしばらくは動けませんでした。
午後5時45分、足を引きずるようにして武蔵五日市の駅にたどり着いた時は、もう体力がギリギリでした。
ここでもペットボトルとコーラを買ってひたすら水分補給。次の電車を待つ間、30分ほどホームのベンチで休憩し、やっと回復したのでした。
帰宅後、熱中症や脱水症について調べて初めて、「頭痛や目眩がしていたし、汗もアンモニア臭かった。自分は脱水症だったんだ。実は危なかったんだな」と気づいたのでした。
朝起きてから大塚山の登山口に着くまで、あまり水分を摂らなかったことが原因のようです。登り出して喉が渇いてから飲み出したのでは間に合わなかったのです。
隊員とも話ましたが、「自分も、暑かったし確かに普段よりは汗をかいた。それよりも熊の方が気になって、怖くて仕方が無かった」と。
今回は結局、表題にある御岳山にも日の出山にも寄らなかったのですが、そんなこんなで、いつまでも記憶に残るであろう難行苦行となったのでありました。
(2010.8.17 新隊長n記す)