n2山岳隊の隊長こと我が奥さんは、普段あまり謝罪をしません。謝るにしたって散々言い訳をしたのち、渋々と言った感じで謝ります。
ところが今回、最後に麓におりて寄ったうどん屋さんで、実に素直に「隊長である私が間違っていた。ごめんなさい」って…。
一体全体、今回は何が起きたのか…
前週の高川山登頂に成功した我が隊は、間をおかず続けての登山に挑みます。西武池袋線に乗ること1時間半で登山口に着く、正丸峠(しょうまるとうげ)・伊豆ヶ岳・子の権現を縦走するルートをガイドブックから選びました。距離13km、標準タイム約5時間強とありますが、初心者隊員のいる我が隊ではどうなることやら…。
朝日を浴びつつ自宅を出たのは6時ちょうど、地下鉄に乗って西武池袋駅へやってきます。朝一番の特急ちちぶ号は6時50分発。ホームにはゴルフや山行の格好をした人たちがちらほら。隊員は前回朝飯を食べずに登って途中でへばった経験から、車内でしっかりとおにぎり2個をほおばります。食べたせいか眠い車中…。
いつしか電車は奥武蔵の山中へ分け入ります。乗ったころは青空だったのに、いま車窓から見る空には雲が広がっています。
終点、西武秩父の一つ手前の横瀬駅で降り、ホーム反対側に停まっていた上りの各駅停車に駆け込む両名。2駅戻って先ほど特急で通過した正丸駅へ8時20分着。
改札で精算・トイレと素早く済ましつつ駅の写真をパチリ。先週、高川山で悲劇的な別れをしたデジカメ2号にかわって今回はずっと以前に買ったちょっと画像の粗いデジカメ1号をお供にしたのです。
駅の右手すぐにある階段を下り、ガードをくぐってから、集落の道路をぐんぐん高度を上げていきます。途中、過ぎ行く電車を撮ったりする余裕があったのは最初だけ、10分も上り坂を歩くと、なんで俺はこんな辛いことをわざわざやりに来ているんだろうって…。
それでも黙々と歩いて30分ほどで最初の登山口の分岐点に到着。観音様のいる祠の前の分岐を左に入って行けば伊豆ヶ岳への直登コース、道なりに右へはいったん正丸峠へ向かうコースです。
下の写真の祠の前を左に曲がるのが直登コースです。
我が隊は正丸峠へ向かう予定なので右へと進みますが、ベンチの有るここで登山靴に履き替えておけば良かった。しばらく行った先で舗装路が終わったのですが、座る場所も無かったので履き替えに難儀しました。
さて、登山路は沢伝いにぐんぐんと高度を上げていきます。何ヵ所かせせらぎを渡る箇所もあり、既に深山の雰囲気満点。しかるに隊員はゆっくりゆっくり登っているので、後から来た登山者にあっさり追い抜かれてしまいます。
植林の中の暗い登り道を息も絶え絶えに登っていくのって、肉体の苦痛もそうですが、気分的にも辛いものがあります。
とにかく我慢して登り、あともう少しで正丸峠というところで振り返ると樹々の切れ間から遠くの山々がうっすらと望めました。
こういう風景を見ると、少し生き返ってきます。
が、ここから峠の茶屋裏にでる最後の階段がきつかった!
ビルでいうと10階分くらいしかないのですが、この階段を上るだけで5分くらいかかる程のバテよう。朝食べたおにぎりはまだエネルギーになっていなかったのでした。
ヒーヒーいいながらも登り切った正丸峠、ここへは自転車・バイク・クルマですいーっと上がってこられます。実は武蔵と秩父を結ぶ昔からの峠道だったんですね。正丸トンネルが山腹を直進してからは通る人もぐっと減りましたが、小休止中に自転車で上ってくる兄ちゃんもいて、よく見るとツールを完走した別府選手!に良く似た別人でした。
峠の茶屋でのどを潤し、ここから本日の目的地の一つ、伊豆ヶ岳をめざして再び茶屋裏からの尾根道となります。青空も見えだし勾配も先ほどまでとは違ってやや緩くなり、なによりも樹々の間を通して左右の山塊が見え隠れする中を歩くので、自然と気分も高揚し足取りも軽やかに。
アップダウンを幾つかこなすとベンチのあるピーク、五輪山へ着きました。今日は途中ですれ違う人もやや多めです。
五輪山からまたひとしきり歩き、最後の登りに息を切らせながらも伊豆ヶ岳へ登頂成功!
隊員は登山にちょっぴり慣れたのか今回は少し余力を残して登頂することができました。
見渡せば雲は依然多めですが涼しい風も吹き、また、一段高い岩の上に立てば樹々の先にはるか奥秩父の山塊が見えます。
いい眺めだなぁってぼうっとしてたんで、この写真を撮るのを忘れてしまいました。
昼食は、恒例のキュウリの生ハム巻きに今回はチーズ付き、それにおにぎりです。前回はバテバテで水気のあるキュウリを食べるのがやっとだった隊員でしたが、今回はおにぎりもいけちゃいます。汗をかいたのでハムの塩気が最高に旨い!凍らせたジュースもこれまた格別!このジュースと一緒に保冷バックに詰めてきたみかんも美味しい!
って、食べることだけが楽しみみたいですが、全くその通り!
頂上で小一時間ほど休憩し、さてこれからどうするかという話になりました。
実は前回の高川山の登りであまりにもバテた隊員は自信を喪失し、今回も同じようにバテるのであればもう登山は無理なのではと思っていました。平地(街中)を歩くのなら10kmや20kmくらい歩ける隊員も、上り坂になるととたんに歩くスピードが遅くなると、かつて隊長に指摘されていたこともあり、これまでは山には向いていないんだろうと漠然と思っていたのです。
今回、捲土重来を期して二度目の山行を計画したものの不安はあり、「基本は伊豆ヶ岳周辺の周遊としよう、そのあと充分な余力があればそのまま縦走し子の権現まで行ってみよう」との計画で出発したのでした。
結果、隊員はやはり疲れはしたものの、前回よりは慣れたかなと感じていました。
隊長は、隊員が前回よりもあまり疲れを見せていない様子であることを指摘し、なによりも自分がもっと歩きたい、まだ物足りないという意向を、言葉の端々に匂わせます。
しかるに隊長は、「隊員の判断に任せる」って、そんなんひどいよ…
結局、このあと縦走コースを行くことにしました。ここからはアップダウンもありますが基本的には下山行であることも後押ししたのです。
あとで思えば、隊長にも隊員にも充分な余力は残っていなかったのですが。
さて、伊豆ヶ岳からの下りはじめは、結構な急勾配です。木の根や岩や、滑りやすい赤土が露出した難儀な箇所を慎重にくだっていきます。あまりに慎重に行き過ぎたせいか、後続のパーティーに次々に追い抜かれます。ウチの隊長、登りは強いんですが、くだりは滅法弱く、ややへっぴり腰なんです。上の写真は、カメラを上に向けず、目線から水平に構えて撮っていますが、高低差を感じていただけますか?この程度でもまだゆるい下り坂ってぐらいです。
一方、隊員はこれまで経験したことのない境地へと達していました。なんと登りでも脚が軽いのです。途中、隊長に歩き方の癖を指摘され余分な力を入れずに登る方法を教わっていました。それがですね、その境地に達してからと言うもの、力を抜いた登りでも、またガツンと力を入れて無理矢理登ってみてもとにかく軽い。というか力が有り余ってる感じです。このまま一万メートルでも二万メートルでも登れるなってくらいの勢い。隊長も後ろから「なんだか登りでもスイスイ行けてるねえ」と。
今思ってもあの感覚は不思議です。2回目で慣れて筋肉がついてきたのか、おにぎりをしっかり食べてエネルギーが充満していたのか、とにかく登るのが楽しいってほど。でもそんなに長続きはしませんでしたけどね。
大きくくだって、小さく登るを繰り返しながら標高を下げていきます。古御岳(こみたけ)、高畑山(たかはたやま)、中ノ沢の頭と、くだり中にも幾つかあるピークを越え、また急坂を降りて中間点である天目指峠(あまめざすとうげ)へと到着するころには、膝はがくがく、靴に押し付けられたつま先(の爪)もズキズキ状態でした。ここで一旦山中の車道を横断し、さらに子の権現へ向かうために、また岩場を登らなければなりません。
先ほどまでの境地はどこへやら、ここが今回の縦走中一番きつい登り道となったのです。少し登っては肩で息をつきぜーはーと、この200メートルに満たない登りが心底きつかった。本当にキツかった。
そんな死ぬ思いでたどり着いた子の権現は、あまりひと気がなく静かな山中のお寺でした。
手水をお借りして汚れた手を洗い、少しリフレッシュ。その後は二人ともベンチでぐたー状態です。
子の権現は足腰の病や怪我に霊験があるそうで、動けない隊長をほっといて隊員はお参りをしたのちお守りを求めます。
ただ、子の権現に到着した時点で行動予定時刻を大きくオーバーしていたため、お参りののちは早めに下山します。
前を行く隊長もへばっており、その脚は大きく内股に…。
参道から横を見れば、奥多摩の山塊が青く霞んで見えます。そして陽もだいぶ傾いてきました。
裏からお寺へ入ったので仁王像と、続く山門を逆の順番で見ることになります。
ここからは舗装路が西吾野駅方面へ通じていますが、我が隊は隣の吾野駅へと向かう今行程最後の山道を目指します。が、なかなかその入口が見つからず、地図をしばらく眺め、この舗装路を100mほど下った先にやっと発見。
ですが時刻はすでに4時、ヘッドライトは持っていますが山の陰に入った薄暗い樹林の中へくだっていくのが少し不安になります。
それに前回の下山時に、滑って痛めた膝が一歩降りる度にズキッ、靴にあたる爪もズキッと痛いのなんの。普通なら軽快にくだっていけるところでしょうが、這うようなスピードでどうにかこうにかくだりきりました。が、まだ先はあります。
子の権現にまつわる古いいわれのある降魔橋を渡り、苔でつるつる滑る麓の舗装路を歩くこと数分、手打ちうどんの浅見茶屋が見えてきます。ガイドブックを見て寄りたいねと話していましたが、この時間ではもう店は閉まってるよなと諦めていたのです。しかし、うれしいことに店には明かりが灯っていました。庭先に立っていた店の親父さんが「寄ってきなさいよ」って。うわっ!うれしいっ!
庭先の縁台のような腰掛けに座り、隊長共々ここで登山靴を脱ぎ文字通り荷を下ろします。ひゃー、ものすごい開放感。
つま先は中指の爪だけが紫色になっており、触っただけでも痛い。前夜爪切りを忘れてしまったのが痛恨事となってしまいました。
おすすめのぶっかけうどんと瓶入りラムネ、隊長はぶっかけうどんとアイスコーヒー(なんちゅう組み合わせだ)をお願いし、しばし放心状態。天目指峠から子の権現を越えて来る道がホントにきつかったとしみじみ述懐します。
隊長にとっても後半、かなりきつかったようで、隊員の目を見ながら「今回は隊長である私の判断が間違っていた。ごめんなさい」って。
こんなに素直な隊長を見たのは自分は初めてでびっくりしました。少しうるっとしました。普段からこうだったらいいのにって。
そうして、無事に下山できたことを喜ぶ隊長の目からは大粒の涙がぼろぼろと。(これはうそです)
手打ちうどんが出来あがるまでは、店の親父さんといろいろ話をしました。というより話を(一方的に)聞かされていました。
相当な話し好きです。親父さんも山に登るらしく話が尽きません。
これから秋の見事な紅葉、そしてまた春の頃には山一面に花が咲くそうで、それはもう奇麗だと。その頃にまたぜひいらっしゃいと。
さっきまであんなにきつかったのに、今度は陽の長い晩春にまた来てみたくなりました。
後半かなり辛かったことも、この茶屋ですべて無くなってしまったような、そんなさわやかな山行になりました。
プロローグ
親父さんの大変なご好意もあり、吾野駅からの帰路は17時17分発の池袋行き快速急行で一本。あっという間に都会へ戻ってきました。
山と、親父さん、そして隊長、ありがとう!
(2009.9.7 隊員記す)